最上徳内の妻ふでからの来状

 
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            最上徳内の妻ふでからの来状




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            来状の解読文

 1 此度よき御たよりに
 2 御座候二つき後左右
 3 承度文して申まいらせ候
 4 まつ段々御さむさに
 5 むかへまいらせ候得共共御地
 6 みなみな様揃被成
 7 御障もなふ御機嫌克
 8 御暮被成候御事いか斗ゝ
 9 御め出度御嬉敷存上まいらせ候
10 なほくは敷承度存上まいらせ候
11 こなたにても家内一同
12 そく才に暮居候まて
13 御心易思召可被不候
14 当夏も御左右承度
15 文認置まいらせ候へ共○○○
16 よきおたよりもなふ
17 うち過まいらせ候所此度○○○
18 よきたよりにまかせ
19 一寸御左右承りまいらせ○○○
20 そなたよりも御たより○○○
21 御座候八ヽ御左右御きか○○
22 被下候やう御たのみ申○○○
23 其皆々様かた江よろしく○○○
24 御伝言御たのみ申上まい○○○
25             めて度○○○
26 追て御節角時から
27 御いとゐ被成候やうニ
       なんじ上まいらせ候
28 こなたみなゝ よりもよろしく
 
 この古文書は、先日、野辺地町立「歴史民俗資料館」を訪れた際に撮影したものです。
 最上徳内は、天明7年(1787)から寛政元年(1789)まで野辺地に滞在し船問屋島谷清吉の妹秀子(ふで子とも云った。)と結婚した(天明8年)。徳内33歳、秀子は19歳の時であった。
 なお、秀子の実家島谷家は、四国淡路島安田村の出身で、初め安田姓を名乗っていたが、6代の頃から島谷を姓とした。
    ※ 資料 『続野辺地雑記』


 
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            最上徳内像








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            旧野村家離れの庭園



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            石橋に近づいたら鯉が寄ってきました。
 




 























       

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